日本産科婦人科学会では1年以上夫婦生活を続けているにもかかわらず妊娠の兆候がみられない方を不妊と定義しています。(*1) 1年間妊娠しない=不妊状態ということは、妊娠の過程になにかの障害が発生している可能性があります。
妊娠へ至らず不妊状態であることがまるで異常であるかのように感じてしまうかもしれませんが、実は妊娠は奇跡と言ってもまったく過言では無いほどに関門が多いのです。
今回は、そんな妊娠の過程を簡単ではありますがご紹介します。
もし、
- 将来、子供を授かりたいと思ったときのために妊娠の仕組みを知りたい
- いま、不妊治療に取り組むか迷っている
- パートナーが不妊について理解してくれない
このような気持ちがお有りでしたら、ぜひ本稿をご覧いただきたいと思います。
生殖器への理解
妊娠の過程を語るうえで大切なのが、妊娠へ至るにあたって必要とされる生殖器にはどのようなものがあるのか、そしてそれらはどのような役割を果たすのかを理解することです。
妊娠に対して重要な役割を果たす生殖器と言われれば「子宮」を思い浮かべるかもしれませんが、受精卵や妊娠へ至るまでには子宮以外にも非常に多くの器官がその役目を果たす必要があります。
つまり、タイミングが合っていないなどの外的な要因を除けば、一年以上妊娠しない(≒不妊)状態は、その様々な器官がうまく役割を果たせていない可能性があります。いざ妊娠したい・不妊治療に取り組む、というときに闇雲な妊活・不妊治療にならないよう、各器官の役割への理解は大切です。
ここからは妊娠へ至るまでに大切な役割を果たす生殖器について、性別ごとに、おもな生殖器に絞ってお話していきます。
女性の生殖器と役割
まずは女性の生殖器から解説いたします。からだの外側のほうからご紹介します。

膣口(膣)
膣口(いわゆる膣)は、長さ7~8cmの管状の器官であり、月経血が排出される部位であり、性交時には男性の陰茎を受け入れ、出産時には産道となります。
膣口は、男性の精子を受け入れる女性器への入り口であり、妊娠の過程はこの先の器官で生じます。
子宮(子宮腔)
受精卵が着床し、胎児が外に出るまで保育器の役目を果たすのが子宮です。
下腹部にあり長さ約7.5cm最大経5cm程度の洋梨が逆さまに存在するような器官です。
妊娠の過程にとくに重要となるのが子宮腔と呼ばれる子宮の中心部です。子宮腔の内側表面には子宮内膜と呼ばれる粘膜があり、この内膜が受精卵を受け止めるベッドになります。
卵管
卵管は、卵巣と子宮をつなぐ長さ7~12cmほどの管です。
この卵管の先端に存在する花びらが開いたような形をした卵管采(らんかんさい)と呼ばれる器官が卵巣に覆いかぶさるように位置して卵子をキャッチし、卵管のなかに取り込まれ、卵子は精子との出会いを待ちます。
この卵管は、精子と卵子の出会いの場となる、大事な器官です。
卵巣
子宮の両脇にぶら下がる形で、左右に一対ずつ存在するのが卵巣です。この卵巣には、命の起源となる卵子がストックされています。
胎児期に約700万個あった卵子は思春期にはそれぞれの卵巣に約20万個となります。約40年の生殖期間に排卵される卵子はわずか400〜500個だけです。
また、妊娠や月経に欠かせない女性ホルモンを分泌する器官でもあります。
男性の生殖器と役割

陰茎(ペニス)
下腹部と恥骨につながった陰茎根、陰茎体、亀頭からなり、亀頭の先端には、精液と尿の出口となる外尿道口があります。
女性の生殖器に挿入し、体内に精子を送り込む役割を持ちます。
精巣(睾丸)
陰嚢の中にある、長さが4~7㎝、容積20~25mlほどの卵型の器官で、精子の製造と男性ホルモンであるテストステロンを分泌する機能を持ちます。
精巣は、体温より少し低い温度のとき、最もよく働くようになっています。陰嚢が体外にあるのはこのためで、精巣の温度を適温に保つ役割があります。
また、男性ホルモンを正しく分泌することで精子のもとから精子を製造するよう調節しています。
精巣上体
精巣上体は、精巣とともに陰嚢の中に存在し、精巣で作られた精子の成熟、貯蔵、精管への輸送を担う器官です。
精管
精巣上体から精子を尿道まで送る直径約3mm、長さ40~60cmほどの細長い管です。
精子が卵子にたどり着くまでのエネルギーを保存するため、ぜん道運動(筋肉による伝播性の収縮波)によって効率よく精子を運びます。
精嚢
前立腺の後ろに位置する袋状の器官で、精嚢液を分泌します。この精嚢液は、精子に運動エネルギーを与える役割を持つと考えられています。
精嚢に保存される精子数は1~2億個程度です。
前立腺
膀胱のすぐ下に位置し、尿道の根本を取り囲むくるみ大の器官です。精液の一部である前立腺液を作ります。この前立腺液には、たんぱく質分解酵素が含まれており、精子のまわりのたんぱく質を溶かすことで精子を活性化させます。
個人差がありますが1回の射精で数億の精子が放出されますが、90%以上が死んでしまい卵子との受精の場にたどり着けるのはたった数百です。
妊娠の定義

妊娠の基準
妊娠が成立した、とする一般的な基準とは、精子と卵子の結合から生じる受精卵(胚)が、子宮内膜の表面に着床して10日ほど安定した状態を指します。
妊娠の状態にあるかどうかは、血液中や尿中のホルモン値によって判断することができます。その基準となるのが、受精卵に反応して胎盤から分泌される、hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)です。
このホルモンは受精卵が着床する頃にその分泌が急激に増加しはじめ、妊娠を維持する役割を持ちます。具体的には、hCGが卵巣に働きかけることで妊娠に欠かせない女性ホルモン分泌が保たれ、子宮内膜は厚く柔らかくなり、妊娠を維持して出産に備えます。これらの作用によって妊娠中は月経が停止します。
hCGは、通常妊娠中にのみ著しく産生されるホルモンであり、着床から1週間後にはかなり増加します。このことから市販の妊娠検査薬ではhCGが尿中に一定量以上分泌されているかどうかで妊娠の有無を判断しています。
病院では、超音波などの検査によって赤ちゃんを包む袋のような組織である胎嚢(たいのう)が確認できれば、妊娠と判断できます。
受精と着床の違い
妊娠=受精というイメージがあるかもしれません。ですが、前段で述べたように、妊娠は着床とその安定をもって成立するとされており、受精と着床には違いがあります。
受精は「卵管」内で卵子と精子が出会い結合する現象、着床は受精によって発生した受精卵が「子宮」の内膜の内側へもぐりこんで母体に根を張る現象です。
先に受精があり、その約1週間後に着床へ進みます。
どちらもそれぞれ妊娠における重要なプロセスの一つです。
この違いを踏まえて、ここから妊娠の過程をさらに詳しく解説していきます。
妊娠の過程

妊娠は、様々な偶然の成功が折り重なってできるひとつの奇跡と言えます。妊娠へ至るまでには多くの関門がありますが、そのひとつでも突破できなければ妊娠は実現しません。
その奇跡と言える妊娠に至るまでに、実際にどのような過程をたどるのか、ここまでご説明してきた各生殖器の役割を踏まえて、ここからは、6つの過程に分けてご紹介します。
①卵胞の発育
卵子は、卵巣の中の卵胞という袋の中で排卵される日を待っています。
脳の下垂体というホルモンの分泌をおこなう器官が出すFSH(卵胞刺激ホルモン)によっていくつかの卵胞が毎月成熟に向かう10個ほどが発育の準備をはじめますが、その中から選ばれた1つの卵胞だけが大きくなっていき、0.1mmほどの大きさに成長して卵子として排卵されるのを待ちます。
②排卵
①で大きくなった1つの卵胞が成熟卵胞となり、エストロゲン(卵胞ホルモン)の分泌がピークになると、卵子が排出されます。これが排卵です。
*排卵と月経*
排卵に合わせ、子宮腔内では子宮内膜という受精卵を受け止めるベッドが準備されますが、受精卵が行われないまま排卵から約2週間がすぎるとこの子宮内膜は出血を伴って剥がれて体外へ排出されます。これが月経です。
なお、卵巣も卵管もふたつずつ存在しますが、卵子として排卵を迎え卵管で精子との出会いを待つのは原則ひとつ、片側の卵子のみです。
③卵子の卵管への取り込み
排卵された卵子は卵管の先にある卵管采という歯並びらが開いたような器官から卵管へと取り込まれ、膨大部で精子を待ちます。
排卵された卵子は卵管采に取り込まれるまで、卵巣にも存在せず、一時的に体内で浮遊したような状態になります。この卵管采が詰まっていたりして機能を果たせない場合、卵子は卵管に到達できずに精子と出会うことはありません。
なお、卵子の寿命は、排卵後約24時間といわれており、タイミングが重要であることがわかります。
④射精
ここまで女性の体内の働きでしたが、男性の出番になります。
性交により膣内に射精された精子は、子宮頸管、子宮を通って卵子のいる卵管にたどり着くまで進み、排卵された卵子を待ちます。
1回の射精で1億以上の精子が放出されますが、その中で卵管までたどり着けるのはわずか100匹程度です。
なお、射精後の精子の平均寿命は約72時間といわれていますので、排卵日の予測ができればその前後の日にちに夫婦生活を持つことで受精の確率は上昇します。
⑤受精
卵管までたどり着いた精子と卵子が出会い、融合することを受精と言います。
先述の射精の項で述べたように卵子のもとには通常100匹の精子が到達しますが卵子の中に入っていける精子はたった1匹です。では、選ばれなかった99匹の精子は不要かというと真逆で、卵子のまわりの膜を100匹全員で剥がしていく必要があるとされ、むしろ100匹必要なのです。よって精子の数、そしてその運動性は実に重要です。
受精すると卵の周りには受精膜というバリアが張られるため、ほかの精子は入ることができなくなります。
無事に卵子と精子が融合した受精卵は、4~6日をかけて子宮(子宮腔)へと運ばれていきます。この間、細胞分裂を繰り返しながら卵管を通って子宮へ向かいます。
4日目を過ぎると卵子は透明帯の殻を脱出します。これをハッチングと呼び、このあと大きくなります。
⑥着床
子宮に到達した受精卵が子宮内膜に潜り込むことを、着床と呼びます。このとき、子宮内膜は受精卵が着床しやすいようにベッドのように栄養豊富で一般的には7mm以上に厚くなって受精卵を受け止める準備をします。
受精卵ができてから10〜13日程で子宮壁にすっぽりと埋まって着床が完了し、妊娠が成立します。
着床の際、受精卵は絨毛(じゅうもう)と呼ばれる根っこのような組織を伸ばし、子宮内膜に定着しますが、このとき、子宮内膜の血管が傷つくことで「着床出血」と呼ばれる極少量の出血を起こすことがあります。
着床が完了すると、体は妊娠を継続させるためにホルモン分泌を大きく変化させます。
まとめ
このように妊娠へと至る過程は非常に関門が多く、どれか一つでもうまく行かなければ妊娠は成立しません。つまり、下記のような状況があれば妊娠は成立しません。
- ①うまく卵子が育たない
- ②卵子ができても排卵されない
- ③排卵された卵子が卵管にたどり着けない
- ④うまく射精されない・精子が製造されない
- ⑤受精されない(精子の運動性や数に問題があるなど)
- ⑥受精卵が着床しない
(* 今回ご紹介した妊娠の過程以外に問題があって妊娠しない場合もあります。)
もし、いま、1年以上妊娠できずにいる場合には、このいずれかの関門でトラブルが生じている可能性があります。単に卵子と精子が出会いようのないタイミングで夫婦生活を持っている場合もあれば、専門的な治療を要するケースも十分考えられます。
妊娠に至るまでの過程をすべて問題なく通過できることは、解説してきたように奇跡の積み重ねです。
妊娠は男性と女性の各生殖器の役割いずれが欠けても成立しません。また、互いの身体の状況やタイミングにも大きく左右されます。男女双方とも妊娠や出産について正確な知識を持ち、全体像を把握したうえで協力することが重要です。
「もっと早く知っておけばよかった」と後悔することがないよう、その仕組みをしっかり覚えておきましょう。
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※脚注
*1…不妊症|日本産科婦人科学会
※参考
ヒト絨毛性ゴナドトロピンhCG|免疫測定|用語集|ラーニング|ラジオメーター www.acute-care.jp
妊娠していない女性でもhCGは陽性になることがあるの? – 〜亀田IVFクリニック幕張のブログ〜 (kameda-ivf.jp)
妊娠判定・妊婦健診 | 国分寺市の婦人科 みずほ女性クリニック
講談社 まだ産める?もう産めない?「卵子の老化」と「高齢妊娠」の真実 河野美香