多嚢胞性卵巣症候群

公開日:2023.07.26更新日:2023.07.26

妊娠・出産において重要な役割を担う卵巣は、女性特有の病気を発症しやすい臓器でもあります。多嚢胞性卵巣症候群(たのうほうせいらんそうしょうこうぐん)もその一つです。
月経がある年齢の約5〜8%程度に発症するとされ、月経不順など排卵障害を引き起こす原因ともなります。(*1)

今回は、不妊原因の一因ともなる多嚢胞性卵巣症候群について詳しく解説していきます。

多嚢胞性卵巣症候群とは

多嚢胞性卵巣症候群は、「両側の卵巣が腫大・肥厚・多嚢胞化し、月経異常や不妊に多毛・男性化・肥満などを伴う症候群」と定義されています。(*2)
卵巣に、液体で満たされた袋状の病変(嚢胞)が多数生じ、卵巣が腫れて大きくなることにちなんで名付けられました。
英語名の Polycystic ovary syndrome を略してPCOSやPCOとも呼ばれます。

卵巣の状態

女性は、生まれながらに卵子の源となる「原始卵胞」を卵巣に宿した状態で生まれます。
思春期になると、ホルモンの刺激によって卵巣内にある卵胞が順番に成熟を開始し、約1ヵ月の周期で1個の卵子となって卵巣から排出されます。この現象が「排卵」です。

多嚢胞性卵巣症候群の場合、卵胞の成熟に時間がかかり、1か月の周期で卵子が大きく育たないことで「排卵」が起こりにくくなってしまいます。
そのため、多嚢胞性卵巣症候群の方は卵巣の中に未成熟の卵胞が複数溜まっている・詰まっている状態となります。

明確な原因は解明されていませんが、排卵に関わるLH(黄体化ホルモン)というホルモンバランスの乱れや、血液中のアンドロゲン(男性ホルモン)の増加、遺伝的な糖代謝の異常などが関わっていると推測されています。

多嚢胞性卵巣症候群の診断

以下の3つの状態に全て当てはまると、多嚢胞性卵巣症候群と診断されます。

  • ①月経の異常(月経周期が39日以上)
  • ②卵巣に小さな嚢胞(卵胞)がたくさん見られる
  • ③高LH(黄体化ホルモン)血症、もしくは高アンドロゲン(男性ホルモン)血症のいずれかがあり、ホルモン値のアンバランスがみられる

多嚢胞性卵巣症候群の主な症状

多嚢胞性卵巣症候群で見られる典型的な症状を紹介します。

①月経異常

多嚢胞性卵巣症候群の診断基準のうち、自覚できる症状として月経周期の異常が挙げられます。
特に排卵が起こりにくくなった結果、月経周期が長くなる、不規則になる、という症状があらわれます。

いち早く異常に気付くためにも、ご自身の月経周期を把握しておくようにしましょう。

②不妊症

妊娠において卵子は必要不可欠なものですが、多嚢胞性卵巣症候群によって排卵が起こりにくい状況にあると、排卵日の予測が難しく、妊娠の機会が限られてしまいます。
そのため、不妊につながりやすくなります

③多毛、にきびなど男性的特徴がみられる

多嚢胞性卵巣症候群の診断基準であるホルモン値のアンバランスによって、男性ホルモンの血中濃度が高くなると、ひげや胸毛など男性と同じ部位で体毛が濃くなることがあります。
これは多毛と呼ばれる症状です。

また、にきびができる、声が低くなる、乳房が小さくなる、筋肉の量が増える、といった男性的特徴の症状がみられることもあります。

④肥満

多嚢胞性卵巣症候群の女性は軽度以上の肥満(BMI25以上)に該当する傾向にあります。

脂肪の蓄積は、インスリンの作用が十分に発揮できない状態(インスリン抵抗性)をもたらし、インスリンの過剰分泌につながります。
先の男性ホルモン値が高くなる原因も、血糖値を下げるインスリンの作用が関係していると考えられます。

また、インスリン過剰によって皮膚の細胞が刺激され、うなじやわきの下など皮膚がこすれてしわになりやすい部位が黒く変色し、厚みを増した状態になることもあります。

検査方法

多嚢胞性卵巣症候群を発見する検査は以下の通りです。

問診

問診とは、医師が診断の手がかりを得るために、患者へ現在の自覚症状などを聞くことです。

月経が来ている、来ていない、はご自身の申告になりますので、問診によって1つ目の要件である月経の異常を確認します。

前回の月経から何日以上経過している、といった具体的な期間を医師に相談しましょう。

超音波検査

超音波を物質にあてて、特定の層で跳ね返る超音波の性質を画像に変換して映し出す検査です。

子宮や卵巣などを観察するためには、腟の中に細長いプローブと呼ばれる棒を挿入し、超音波をあてて観察する経腟超音波検査が一般的です。

エコーを確認すると、卵巣の表層部に10mm以下の小さな未成熟卵胞が並んでいる様子を確認できることがあります

これは「ネックレスサイン」と呼ばれる多嚢胞性卵巣症候群の兆候です。

この検査によって、2つ目の要件である卵巣に小さな嚢胞(卵胞)がたくさん見られる、という点を確認できます。

血液検査

血液検査で分かるのはホルモン数値の異常です。

多嚢胞性卵巣症候群の場合、脳から分泌されるLH(黄体化ホルモン)と血糖値を下げるインスリンというホルモンが、正常より強く卵巣に作用していると考えられます。

その結果、男性ホルモンの値も上昇する傾向があります。

月経中におこなう血液検査では、LH(黄体化ホルモン)よりもFSH(卵胞刺激ホルモン)の値が高くなることが一般的ですが、多嚢胞性卵巣症候群の場合には、LH(黄体化ホルモン)の値が高くなります。

通常はこれら3つの検査によって、多嚢胞性卵巣症候群を確定する要件を確認することができます。

AMH検査(抗ミュラー管ホルモン検査)

不妊治療時によくおこなわれる検査の一つに、AMH検査があります。

AMHとは、卵巣内で発育途中にある初期段階の卵胞から分泌されるホルモンです。この値を計測することで、卵子の在庫数の目安を知ることができます。

もし、このAMHの数値が6.0ng/mg以上の場合、卵巣内に成熟できない小さな卵胞がたくさんある状態の多嚢胞性卵巣症候群が疑われるため、不妊検査時に思いがけず見つかることがあります。

その場合、上述の3つの検査をおこなうことで正確な診断がなされます。

多嚢胞性卵巣症候群の治療

基本方針

多嚢胞性卵巣症候群の治療は、BMI数値が肥満(25以上)に該当する場合、減量が前提となります。
これは、体脂肪が過剰に蓄積した肥満の状態にあると、インスリン分泌が増加し男性ホルモンの増加にも関わるためです。

男性ホルモンが異常に増えると、卵胞の発育が抑制され、排卵を妨げてしまいます。
肥満の方は、生活習慣病予防の観点からも2~6か月間で5~10kgの減量指導がおこなわれ、体重を落とすことで排卵率と妊娠率もある程度改善するとされています。(*4)

妊娠を希望する場合

卵巣を刺激する排卵誘発剤(クロミッド、フェマーラなど)を用いて卵胞を大きく育て、排卵を促す治療が一般的です。

効果が認められない場合には、卵胞の成長と排卵を注射で促す治療法のゴナドトロピン療法によって排卵誘発を試みます。

注射を打つときには卵巣の腫れやお腹の張りにつながる卵巣過剰刺激症候群(OHSS)を起こさないよう、経過をみながらその量を調節します。

また、外科的な治療法として、かたくなった卵巣の表面にレーザーで小さな穴をあけて排卵を促す手術がおこなわれることもあります。これは腹腔鏡下卵巣多孔術と呼ばれる手術です。

手術後は薬への反応性が上がり、自然に排卵が起こりやすくなると言われています。自然妊娠を目指している方は、医師と相談のうえで試してみるのもひとつの手です。

妊娠を希望しない場合

月経異常や不正出血に対して、漢方療法や低用量ピルなどを使って、周期的に月経を起こすようにします。

ホルモンバランスが改善することで、体調も安定しやすくなります。

多嚢胞性卵巣症候群と関連のある疾患

多嚢胞性卵巣症候群は、排卵障害のほかにも女性の健康に別の悪影響を及ぼす可能性があります。その一例を紹介します。

子宮体がん

子宮の本体部分にできるがんを子宮体がんといいます。
子宮体がんの多くは、卵巣から分泌される女性ホルモンの一つ、エストロゲンが関わっていると考えられています。

多嚢胞性卵巣症候群に見られる肥満や月経不順などの症状は、エストロゲンの過剰分泌を引き起こす一因ともなっており、子宮内膜にエストロゲンだけが働きかけ続けることで、子宮内膜が異常に増殖し、子宮体がんのリスクが高くなると考えられています。

卵巣と同様に、子宮も妊娠・出産には必要不可欠な臓器です。
多嚢胞性卵巣症候群の症状にいち早く気付き、検査を受けることは大切な生殖器を守ることにもつながります。

インスリン抵抗性

多嚢胞性卵巣症候群の症状が見られ、肥満に該当する方は、血糖値を正常範囲に戻すために過剰なインスリンを必要とする状態、すなわちインスリンが効きにくくなった状態になりやすいとされています。
これは「インスリン抵抗性がある」と表現されます。

インスリン抵抗性は、血液中の糖の濃度を上手く調整できない耐糖能異常に関連しており、将来的に「2型糖尿病」へ移行する可能性があります。
また、妊娠した場合には妊娠糖尿病にも要注意です。
母体が高血糖の場合、胎児にも影響を及ぼし、流産や形態異常などを引き起こすリスクがあります。(*4)

日本産科婦人科学会の生殖・内分泌委員会が提言している多嚢胞性卵巣症候群の治療指針においても、インスリン抵抗性が存在する場合には、インスリン抵抗性改善薬の投与を推奨しています。(*5)

まとめ

今回は生殖に深く関わる臓器、卵巣に発生する疾患のひとつである多嚢胞性卵巣症候群について解説しました。

お伝えしたように、この疾患はホルモンバランスの乱れによって妊娠に欠かせない排卵がうまくできていない状況です。
適切な治療をおこなわなければ、不妊につながるだけでなく、生涯にわたって影響を及ぼす大きな疾病につながる可能性もあります。

月経不順や肥満、多毛など自身の状況に当てはまる項目がある場合には、まず検査を受けてみましょう。


※脚注

*1…多嚢胞性卵巣症候群|一般の皆様へ|日本内分泌学会 (j-endo.jp)

*2…日本産婦人科医会 (jaog.or.jp)

*3…不正出血が起こる「子宮体がん」 原因や症状、治療について徹底解説 | NHK健康チャンネル

*4 妊娠糖尿病|公益社団法人 日本産科婦人科学会 (jsog.or.jp)

*5…産婦人科診療ガイドライン婦人科外来編CQ302,303,326

※参考

多嚢胞性卵巣症候群 概要 – 小児慢性特定疾病情報センター (shouman.jp)
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS:polycystic ovarian syndrome) | 島根大学医学部附属病院 産科婦人科 (shimane-u-obgyn.jp)
子宮体がん(子宮内膜がん)について:[国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方へ] (ganjoho.jp)
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS) | 東大病院 女性外科 (gynecology-htu.jp)
卵巣の病気|上坊敏子|健康ライブラリースペシャル 講談社
はじめての不妊治療 体外受精と検査|監修:森本義晴|主婦の友社
最新不妊治療がよくわかる本|辰巳賢一|日本文芸社
名医がやさしく教える最新不妊治療のすべて|辰巳賢一|河出書房新社