女性の身体はホルモンの作用によって様々な変化が起こります。
特に妊娠、出産などの生殖活動と女性ホルモンは密接に関係しており、妊娠は確認できないものの乳頭から乳汁のような液体が分泌されている、周期的に月経が来ない、といった症状はホルモンバランスの乱れから起こる「高プロラクチン血症」という疾患が原因かもしれません。
今回は、この「高プロラクチン血症」について詳しく解説していきます。
目次
プロラクチンとは
乳汁分泌ホルモン
脳の下垂体前葉という部位から分泌されるホルモンの一種がプロラクチンです。
妊娠、出産時の母乳を作るために欠かせないホルモンで、乳汁分泌ホルモン、乳腺刺激ホルモンと呼ばれることもあります。
妊娠をすると、女性の体内では徐々にプロラクチンの分泌量が増え、乳腺が発達していきます。妊娠後に胸が張ったり大きくなったりするのもプロラクチンの作用の一環です。
卵巣の調節を調節
また、プロラクチンには、卵巣の機能を抑制する作用もあります。
この作用によって、授乳中のプロラクチン値が高い時期には卵巣の重要な役割である「排卵」も抑制され、月経が止まります。
これは「授乳性無月経」と呼ばれる現象です。
出産後すぐに妊娠をしないよう、母体を守るしくみとも言えます。
プロラクチンの平均値は、昼間安静にしているときで、5ng/ml前後とされています。(*1)
ただし、睡眠や食事、運動やストレスなど、様々な要素で変動するため、計測のタイミングが難しいホルモンでもあります。
男性にも存在
一方、プロラクチンは女性だけでなく男性にも分泌されており、精子の生成と貯蔵、射精時の精液構成に関わる「精嚢腺」や、精液の生成と排出に関わる「前立腺」といった性機能の発育を促す役割を持っています。
高プロラクチン血症とその原因
前述の通りプロラクチンは妊娠、出産が一因となってその分泌量が増えるホルモンですが、稀に妊娠をしていない場合にもプロラクチンの分泌が過剰となり、乳汁が漏出したり、月経が止まってしまうことがあります。
このようなホルモン値の異常を「高プロラクチン血症」と言います。
高プロラクチン血症患者の頻度は一般人で 0.4%程度ですが、卵巣機能に異常のある女性では 9~17%にものぼります。(*2)
高プロラクチン血症の原因は、大きく分けて3つあると考えられています。
①薬の副作用によるもの
視床下部から分泌される神経伝達物質の1つに「ドーパミン」があります。
プロラクチンはこのドーパミンが分泌されることによって抑制されています。
逆にドーパミンの分泌が抑制されると、プロラクチンの分泌量は増えるとされています。
睡眠薬、向精神薬、抗うつ薬、胃薬、胃潰瘍の薬、ホルモン剤、血圧の薬などには、ドーパミンを抑制する成分が含まれているため、これらの薬を服薬している場合に、その副作用によってプロラクチンの値が高くなることがあります。
②下垂体にできた腫瘍によるもの
脳には脳下垂体と呼ばれる器官があります。この器官はさまざまなホルモンの分泌を司っており、妊娠や出産に関係するホルモンも分泌します。ここに腫瘍ができることで体内のプロラクチンの量に影響を及ぼす場合があります。
プロラクチノーマ
下垂体にできる腫瘍のうち、自らプロラクチンを産生する腫瘍をプロラクチノーマといいます。高プロラクチン血症原因の34.3%を占める疾患です。(*2)
プロラクチノーマは下垂体性PRL分泌亢進症(かすいたいせいプロラクチンぶんぴつこうしんしょう)とも呼ばれ、国が治療や研究を進め、医療費の助成をおこなう指定難病(*3)のひとつとなっています。
プロラクチノーマ以外の腫瘍
プロラクチンを産生する腫瘍ではないものの、下垂体になんらかの腫瘍ができることで、正常な下垂体が圧迫され、プロラクチンの分泌が増えることもあります。
③原因が特定できないもの
上述の2つに当てはまらないにも関わらず、プロラクチンの分泌量が高い値となる場合、肉体的・精神的ストレスや視床下部の病気、甲状腺機能の低下、てんかん、慢性腎不全など様々な病気が関係していると考えられます。
高プロラクチン血症の症状
高プロラクチン血症は、影響される生殖器に違いがあるため男女で症状が異なります。
それぞれに見られる主な症状を紹介します。
女性の症状
妊娠していないのに乳汁が出る
高プロラクチン血症の自覚症状として一番多いのは、妊娠していないにも関わらず、乳汁が分泌されることです。
これは、高プロラクチン血症患者の 50~80%に認められる症状です。(*2)
乳首を強く押したときに出る、お風呂で温まった際に自然とにじみ出てくる、片方の乳房からのみ出る、というケースから、医師が手指で圧迫しないとわからないものまで、人によって乳汁の分泌の仕方は異なります。
排卵障害
授乳時に月経が止まることからも分かるように、プロラクチンの数値が高くなると卵巣の機能が抑制されると考えられます。
生殖に関わる女性ホルモンが正常に分泌されない状態に陥ると、月経がまったく来ない無月経や、39日以上3か月未満程度の頻度になる稀発月経などの排卵障害を引き起こす可能性があります。
不妊症
妊娠においては卵子が必要不可欠です。よって、上述したように高プロラクチン血症によって排卵に障害をきたし、排卵がなされない状態であれば、妊娠に至ることができず、不妊の症状が見られます。
避妊をせずに性交をしているにもかかわらず1年以上妊娠をしない場合、不妊症と判断されます。
習慣性流産
流産を2回繰り返すと反復流産、3回以上繰り返すと習慣性流産と呼ばれます。
流産が何度も続いたので調べてみたところ高プロラクチン血症だった、というケースも少なくありません。
これは、受精卵の着床、妊娠の維持に不可欠な女性ホルモンの一つ、「黄体ホルモン(プロゲステロン)」の分泌がプロラクチンによって抑制され、子宮内膜が妊娠に適した状態を保てずに黄体機能不全を引き起こすことが一因になっていると考えられます。
男性の症状
男性の高プロラクチン血症では以下のような症状が見られます。
性欲低下、勃起障害(ED)
プロラクチンは精嚢腺、前立腺に影響を与えるホルモンであり、過剰な分泌によって性欲の低下や勃起障害(ED)の症状がみられることがあります。
これらの症状によって夫婦間で性交を持てなければ、妊娠に至ることが難しくなります。
女性化乳房
男性において、乳腺の増殖により乳房が肥大した状態のことをいいます。
乳房が腫れる、痛い、突っ張るといった症状のほか、ときには男性ながら乳汁が出るケースもあります。
検査方法
高プロラクチン血症の診断には、プロラクチンがどのくらい分泌されているか、数値の計測が必要となります。
プロラクチンの値を計測する検査は以下の通りです。
血液検査
プロラクチン分泌量の数値を可視化するには、血液検査をおこなうことが一般的です。
ただし、プロラクチンの値は日内変動があり、特に夜間や食後には高値になる傾向があります。そのため、検査日は起床から2~3時間経過した空腹のタイミングで採血をすることが望ましいとされています。
採血後の血中プロラクチン値を計測する方法にはいくつかの種類がありますが、現在は検出に化学発光物質を使用するCLIA法、または電気化学の理論を化学発光と組み合わせて使用するECLIA法が一般的に用いられています。(*4)
【CLIA法の基準値】
4.3~32.4ng/mL
【ECLIA法の基準値】
閉経前女性4.91~29.32ng/mL、閉経後女性3.12~15.39ng/mL
男性4.92~13.69ng/mL
この値を超えて異常高値を示す場合に、高プロラクチン血症と診断されます。(*5)
MRI検査
血液検査にて、高プロラクチン血症と診断された場合、原因となるプロラクチノーマや下垂体腺腫などの病気が隠れていないか、MRI検査を用いて確認することがあります。
MRIは強い磁石と電磁波を使って体内の状態を断面像として描写する検査ですので、下垂体付近の腫瘍に関しても優れた検出能力を持っています。
高プロラクチン血症の治療
高プロラクチン血症は発症原因によって治療方法が異なりますので、それぞれ紹介します。
薬の副作用による場合
原因となりうる睡眠薬や抗うつ薬、胃薬などの服用を中止、もしくは減薬することで、プロラクチンの数値が改善する可能性があります。
もともとの薬の服用を中止できない場合、プロラクチンの分泌を抑制する薬を服用することでプロラクチン値を抑えることはできますが、結果的に本来の薬の効きが悪くなる可能性もあります。
どちらの治療を優先するかは医師と相談の上、指示に従いましょう。
プロラクチノーマが原因の場合
薬物療法
プロラクチンを自ら産みだす脳下垂体の腫瘍であるプロラクチノーマ治療の場合、一般的な第一選択は、薬物療法です。
本来、プロラクチンの分泌は、視床下部から分泌されるドーパミンという神経伝達物質により抑制を受けているため、相関関係にあるドーパミンの作用を強める薬を服用することで、高くなっているプロラクチンの分泌量を減らします。
ただし、根本の原因となっているプロラクチノーマがなくならない限りプロラクチンは過剰に産生される可能性がありますので、服薬による治療期間は最低でも1年以上の継続が必要となります。
3年以上の薬物治療後にプロラクチン値が正常化し、プロラクチノーマのサイズが著明に縮小した場合には、薬の減量、あるいは服用中止に向かってよいと考えられています。
手術療法
薬物が効かない一部のプロラクチノーマや、他の副作用の症状が見られることで薬の継続が困難な場合には、手術療法が検討されます。
腫瘍の大きさなど、一定の条件を満たした場合、熟達した脳神経外科専門医による外科的摘出をすることで、治癒が期待できます。
プロラクチノーマ以外の下垂体腫瘍が原因の場合
手術療法
特定のホルモンを産生しない腫瘍は「非機能性下垂体腺腫」とも呼ばれます。(*6) この腫瘍、下垂体腺腫が原因となる高プロラクチン血症では手術療法が検討されます。
この腫瘍による高プロラクチン血症の場合、ホルモンの一種であるプロラクチン、その分泌機能を持つ脳下垂体を圧迫するほど腫瘍が大きくなっていると考えられます。手術により、原因となっている腫瘍の摘出で快方に向かうことも多く、完治できる可能性があります。
また、完治はせずとも、術後、薬物療法を行う上での薬の量を減らすことができるかもしれません。
手術方法は経鼻的手術が一般的です。鼻の空洞を通って下垂体の腫瘍に到達し、摘出します。下垂体の底の骨を元通りにして手術は終了となります。
手術後はプロラクチン値を経過観察し、必要に応じて薬物療法をおこないます。
原因が特定できないものの場合
特定の薬の服用がなく、下垂体に腫瘍も見つからないなど、高プロラクチンとなる原因を特定できない場合には、プロラクチンの分泌量を抑制するためにドーパミンの作用薬を内服し、ホルモンバランスを整えながら経過観察をおこなうのが一般的です。
無月経の改善
妊娠を希望する場合には、プロラクチン値を正常に戻すだけでなく、高プロラクチン血症による無月経や稀発月経を改善する必要があります。
多くの場合、プロラクチンの数値が安定することで3か月以内に自然と月経が来るようになりますが、正常に戻らない場合にはホルモン剤の投与によって排卵を促し、月経を再開させるホルモン療法がおこなわれます。
また、投薬による治療のほか、軽い運動やストレッチで体を動かすなど、手軽にできることも心身にいい影響を与えます。
ストレスを溜め込みすぎることで再びホルモンバランスが乱れることもありますので、リフレッシュの時間を大切にしながら、不妊治療のステップを進めていきましょう。
一般社団法人日本生殖医学会|生殖医療の必修知識 (jsrm.or.jp)
まとめ
高プロラクチン血症の患者に見られる妊娠時期以外の乳汁の漏出は、知識がないと不安に思う症状です。この他、女性の排卵障害や黄体機能不全、男性の勃起障害とも深い関わりがあり、妊娠を妨げる要因ともなります。
高プロラクチン血症を伴う不妊治療では、プロラクチン値を改善した上で排卵のサイクルを整える必要がありますので、治療が長期にわたることも考えられます。
症状に心当たりがある場合、すみやかに病院を受診するようにしましょう。
早めにその原因を見つけて適切な治療を開始することが重要です。
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*1… 株式会社メディックメディア『病気がみえるvol.10 産科 第3版』pp.364-365
*2…産婦人科診療ガイドライン婦人科外来編CQ322、C323
*3…厚生労働省 指定難病
*4…プロラクチンの免疫学的測定方法 | 特許情報 | J-GLOBAL 科学技術総合リンクセンター (jst.go.jp)
*5…高プロラクチン血症について | メディカルノート (medicalnote.jp)
*6…非機能性下垂体腺腫|一般の皆様へ|日本内分泌学会 (j-endo.jp)
非機能性下垂体腺腫 | 名古屋大学 神経内視鏡・下垂体グループ (umin.ac.jp)
間脳下垂体機能障害の診断と治療の手引き (平成 30 年度改訂)P12
下垂体性PRL分泌亢進症(指定難病74) – 難病情報センター (nanbyou.or.jp)
卵巣の病気|上坊敏子|健康スペシャルライブラリー 講談社