自分の体を守ろうとする免疫機能の働きによって不妊を引き起こすケースがあることをご存じでしょうか?
これは、受精に必要不可欠な精子を外敵とみなして排除しようとする「抗精子抗体」と呼ばれる免疫機能が関連した不妊症状です。
精子に対して抗体が作り出されると、精子の運動機能が悪くなり、正常に受精できなくなるなどの問題が生じます。今回は、この「抗精子抗体」について詳しく解説していきます。
目次
免疫の仕組みと抗体
抗精子抗体を持つことが一因となり妊娠につながらないものを「免疫性不妊」と言います。
不妊原因のうち約5%に、この免疫性不妊が関係しているとされています。(*1)
コロナ禍においても「免疫」という言葉はよく耳にしたかと思いますが、まずは体に備わった免疫の仕組みを正しく理解しましょう。
免疫とは
自分の細胞と異物を見分け、体内に侵入した病原体や有害な物質などの外敵から体を守る仕組みが「免疫」です。
体に備わった自己防衛システムと考えると分かりやすいかもしれません。
私たちが日常生活を送る中で、さまざまな異物が身体に入り込んで来るにも関わらず、病気にかかることなく過ごせるのは、このような自己防衛システム、すなわち免疫機能が働いているおかげです。
また、免疫には生まれながらに持っている「自然免疫」と、後天的に病原体や毒素などの異物と接することによって形成される「獲得免疫」があります。
抗体とは
病原体や有害な物質は「抗原」と呼ばれ、その抗原に対し攻撃や対抗をするものが「抗体」です。
異物に応じた攻撃方法を記憶する後天的な獲得免疫によって産生されます。
つまり、細菌やウイルスなどの病原体から体を守る仕組み自体を指すものが「免疫」、免疫機能として細菌やウイルスなどと直接戦う物質を指すものが「抗体」です。
抗精子抗体
免疫の仕組みと抗体を理解した上で、抗精子抗体について確認してみましょう。
まず、女性の体内にとって「精子」や、半分が父親由来の遺伝子を持つ「受精卵」は、異物ともいえます。
しかし、多くの命が誕生していることからも分かるように、精子や受精卵が異物ともいえるものの、ほとんどの場合は排除されずに妊娠、出産までの経過をたどります。
これは、「免疫寛容」という仕組みが発動しているからと考えられます。
「免疫寛容」とは、免疫のシステムが、体内の異物に対して排除をするのではなく、受け入れる(寛容)仕組みです。(*2)
わずかな確率、約5%において、この免疫寛容がうまく働かないことで精子を異物とみなして攻撃をする「抗精子抗体」が作られることがあります。(*1)
抗精子抗体は、一度作られると消滅させることはできません。先述の通り獲得免疫は、侵入した有害物質の情報を記憶するという特徴があるためです。
抗精子抗体が女性の体内に存在することで、性交によって射精された精子は抗体から攻撃を仕掛けられてしまいます。
その結果、精子同士の頭部や尾部がくっついて大きな塊となる「凝集化」や、動けなくなってしまう「不動化」が起こり、生殖に必要な機能を持った状態で卵子にたどり着くことができなくなってしまいます。
また、厄介なことに、抗精子抗体は男性の体内にも存在することがあります。
男性にとって精子は自身で産生する細胞ですので、抗体とは関係がないように感じますが、過去に精巣や精巣上体に炎症、損傷があった場合など、精子が本来交わることのない自分の「血液」と接することで、自己免疫として抗精子抗体が産生される可能性があるのです。
男性が抗体を持つ場合は、射精する前の段階においてすでに凝集化や不動化が起こる可能性があり、精子の動きが悪くなっていることがあり、不妊の原因になる場合があります。
検査方法
周期的に排卵と月経があり、不妊原因が分からない場合には抗精子抗体の有無について一度検査することをおすすめします。
本稿では抗精子抗体発見の検査ステップを紹介します。
フーナーテスト(ヒューナーテスト)
フーナーテストとは、性交渉後の子宮頸管粘液や腟分泌物の中に活発な精子が存在しているかを調べるテストです。「性交後試験」とも呼ばれています。
排卵日に夫婦生活を持ち、一定時間内、概ね12時間以内に受診することで検査ができます。
女性の体内へ射精されたあとの精子が運動性を保持しているかを確かめることで、自然妊娠を期待できるか評価することができます。
保険を適用できますので、抗精子抗体を検出する一次スクリーニングとなります。
検査タイミング
フーナーテストをおこなうタイミングは、子宮頸管粘液の状態が最も妊娠に適した状態となる排卵日前後が望ましいとされています。
子宮頸管粘液は一般的におりものとも呼ばれており、エストロゲンというホルモンの影響を受けて排卵の数日前から増え始めます。水っぽく透明でさらさらな状態になったときに、精子が最も動きやすい状態となり、卵子への到達や受精もスムーズになります。
このように、精子を受け入れる準備が整っている時期にフーナーテストを実施することで、子宮頸管粘液内を精子が突破できる可能性があるか確認します。
排卵日は月経の周期や基礎体温を日ごろから管理しておくことである程度予想することができます。
検査方法
排卵期に女性の体内への射精をともなう性交をおこなったのち、3~12時間以内に頸管粘液や膣分泌物を採取し、運動性を保った精子がいくつ存在しているかを顕微鏡で調べます。
この検査は体調にも左右されますし、絶対的なものではありませんので、結果が不良の場合には周期をずらして複数回おこなうこともあります。
フーナーテストの結果が不良で、男性の精液検査では問題が見られない場合、抗精子抗体を持っている可能性がありますので、抗体のスクリーニング検査へ進みます。
スクリーニング検査(血液検査)
抗精子抗体の有無を調べるスクリーニング検査は、現段階では保険適用外の検査となっています。
そのため、フーナーテストを数回実施してもいい結果が得られない場合に、スクリーニング検査へ進むというケースがほとんどです。検査費用は自費で5,000円〜1万円程かかります。
この検査では、抗体の保有が疑われる患者の血清と、健康な精子を混ぜ合わせ、時間毎に精子運動率の変化を測定する精子不動化試験をおこなうのが一般的です。精子運動率が少ないほど抗体が強い、つまり抗体価という指標が高い、といえます。
たとえば血清と混ぜ合わせた100個の精子のうち、50個が無事に運動を続けることができれば抗体価は「2」、20個であれば「5」、10個であれば「10」となります。(*3) 抗体価が高いほど、抗精子抗体の保有数が多いと考えられます。
男性の場合には、血液検査だけでなく精液検査によっても抗精子抗体の有無を調べることができます。
抗精子抗体陽性時の対応
抗精子抗体が陽性となり、抗体価が高い・抗体の数が多いほど自然妊娠は難しくなります。
これらの指標は体調によって変動があるため、抗体の量が下がっている時には問題なく自然に妊娠することもありますが、その変動は容易に予測できるものではありません。
また、抗精子抗体は、女性側では子宮頸管粘液や子宮腔内、卵子と精子の受精の場となる卵管から分泌される卵管液、卵子の周りに付着した卵胞液、男性側では精液などの体液に存在し、受精までのありとあらゆる過程で悪影響をおよぼす可能性があります。
男女のどちらが抗精子抗体を持つかで選択肢が変わりますので、男女別の治療ステップを紹介します。
女性の治療ステップ
抗精子抗体の保有量が多くなければ、「人工授精」で妊娠する可能性があります。
人工授精とは、最も妊娠のしやすい排卵の時期に合わせて子宮内へ直接精子を注入する治療方法です。
そのため、通常の性交では精子が自ら突破する必要がある膣部と子宮頸管粘液内での抗精子抗体との接触を避けることができます。
ただし、人工授精では子宮腔内や卵管内、卵胞液内での抗体との接触は避けられません。抗精子抗体の数が多い(抗体価10以上)と考えられる場合や、人工授精を何度かおこなっても成果が得られない場合には、「体外受精」や「顕微授精」のステップへ進むことが一般的です。
男性の治療ステップ
男性が抗精子抗体を保有する場合、精液が射精された時点で精子にはすでに抗体が付着し、精子の運動率が顕著に低下しているケースもあります。
先の「人工授精」や、卵子に直接精子をふりかけて受精を促す「体外受精」では、精子が自らの力で卵子に入っていく必要があるため、抗精子抗体によって運動率の低下した精子が多い場合、受精率が低下する可能性があります。
そのため、採取した精子から特に運動性や形状がいい健康なものを顕微鏡下で選別した上で卵子に直接注入する「顕微授精」が推奨されます。
まとめ
今回は免疫が関係する不妊原因のひとつ、抗精子抗体を紹介しました。
排卵日を把握して性交を持つタイミング法を試しても長期間妊娠しない、子宮や卵巣などの機能に異常は見つからないのになかなか妊娠しない、という場合、抗精子抗体を持っているケースも考えられます。
女性と男性どちらにも生じる可能性があり、その反応強度によっては自然妊娠が難しくなるため、高度な治療ステップを検討する必要も生じます。
ご夫婦そろって一度検査を受けてみることが重要です。
他のおすすめの記事
参照・参考
*1…5.不妊の原因と検査 – 日本産婦人科医会 (jaog.or.jp)
*3…最新!不妊治療ナビ P181|山下正紀|主婦の友社
日産婦誌59巻9号研修コーナー (kyorin.co.jp)
妊娠維持機構/ 流産に関連するトピックス – 日本産婦人科医会 (jaog.or.jp)
名医がやさしく教える最新不妊治療のすべて|辰巳賢一|河出書房新社
はじめての不妊治療 体外受精と検査|監修:森本義晴|主婦の友社